「うちの子、運動があまり得意じゃなくて……」
ガクモンフィットの見学や相談の場で、私たちはこの言葉を何度も聞いてきました。その言葉のあとには、少し困ったような笑顔や、「まあ仕方ないですよね」という空気が続くことが多くあります。足が速くない、ボール遊びが苦手、体育の時間になると自然と後ろに下がってしまう。そうした様子を思い浮かべながら、保護者の方は話をしてくださいます。
ただ、話を丁寧に聞いていくと、心配の中心が「運動ができるかどうか」そのものにあることは、実はあまり多くありません。体育の時間を嫌いにならないだろうか、みんなの前で失敗して恥ずかしい思いをしないだろうか、「どうせ自分はできないから」と、やる前から諦めてしまうようにならないだろうか。そうした気持ちが、言葉の奥に静かに隠れています。運動が苦手なことよりも、運動をきっかけに自信をなくしてしまうことを、多くの保護者が心配しているのです。
運動ができないこと自体は、大きな問題ではない
少し先の未来を想像してみると、その感覚はよりはっきりします。大人になってから、足が遅かったことや跳び箱が跳べなかったことで困っている人は、ほとんどいません。一方で、体育の時間が本当に嫌だった、運動が原因で自分に自信が持てなかったという記憶を、今でも鮮明に覚えている人は少なくありません。
問題になるのは、結果としてできたかどうかではなく、その時間の中で自分をどう感じていたか、という点なのだと思います。運動の時間に「自分はできない側だ」と感じてしまったことや、「また失敗したらどうしよう」と思い続けていたこと、「できない自分を見られたくない」と感じた経験は、静かに心に残ります。
特に小学生の時期は、「自分はどんな人間なのか」「自分は何が得意で、何が苦手なのか」という自己イメージが形になり始める時期です。この時期に、運動を通して「どうせ自分はダメだ」「自分は運動ができない人間だ」という思い込みができてしまうと、その影響は運動だけにとどまりません。勉強や人との関わり、新しいことへの挑戦でも、一歩引いてしまう癖がついてしまうことがあります。
私たちが大切にしたいのは「つまずかないこと」
だからこそ私たちは、運動が得意になるかどうかよりも、運動でつまずかないことを大切にしたいと考えています。運動が人生の足を引っ張らないこと、運動が自分を嫌いになる理由にならないこと。その土台をつくることの方が、ずっと大切なのではないかと思うのです。
運動の場が「同じゴール」を前提にするとき
多くの運動の場では、「できるようになること」や「上達すること」が自然とゴールになります。同じ時間に集まり、同じメニューに取り組み、ある程度同じ地点を目指す。その設計が合って、楽しく伸びていく子どもたちも確かにいますし、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、同じ活動をしていても、子どもの感じ方は本当にさまざまです。説明を一度で理解できる子もいれば、何度か見てようやく腑に落ちる子もいます。体を動かすのが得意な子もいれば、頭の中で考えすぎて動き出すまでに時間がかかる子もいます。失敗してもすぐ切り替えられる子もいれば、その気持ちを引きずってしまう子もいます。
そうした違いがある中で、ゴールが一つだけに設定されていると、そこにたどり着く前に気持ちが折れてしまう子が出てきます。できるようになる前に、つらさや居心地の悪さの方が先に積み重なってしまうのです。これは誰かが悪いという話ではなく、運動の場がどう設計されているか、という構造の問題だと私たちは考えています。
「運動が苦手」の多くは、能力の問題ではない
運動が苦手だと感じている子どもたちを見ていると、筋力が足りないわけでも、やる気がないわけでもない場面に多く出会います。ただ、どう動けばいいのかがよくわからなかったり、体の使い方がまだ整理されていなかったりするだけ、ということがほとんどです。
最初にどこから動けばいいのか、どのタイミングで力を入れればいいのか、失敗したあとにどう立て直せばいいのか。それがわからないまま「もう一回やってみよう」「頑張ろう」と言われ続けると、子どもは次第に「自分は運動が苦手なんだ」と結論づけてしまいます。しかしそれは能力の問題ではなく、教え方や順番の問題なのです。
ガクモンフィットが揃えていないもの
ガクモンフィットでも、子どもたちは同じ時間に集まり、同じ活動に取り組みます。学童である以上、時間割や活動の枠組みはきちんと揃えています。ただし、私たちは「ここまでできなければダメ」というゴールを揃えません。
誰よりも速く走れるようになる子がいてもいいですし、体を大きく動かせるようになる子がいてもいい。一方で、前より少し怖くなくなった、今日は最後まで参加できた、失敗したけれど途中でやめなかった。そうした変化を「できた」と受け取る子がいてもいいと考えています。同じ活動をしていても、それぞれが違うゴールを持っていていい。それがガクモンフィットの基本的な考え方です。
低学年にも、高学年にも意味がある理由
ガクモンフィットは、低学年の子どもだけの場所ではありません。小学校高学年の子どもたちも、私たちの大切な対象です。低学年の子どもたちは、まだ自分が運動が得意か苦手かを決めきっていない時期です。そのため、動くことの楽しさや、失敗してもやり直せる感覚を積み重ねることで、つまずかずに進める可能性があります。
一方で高学年になると、体育の授業や周囲との比較を通して、「自分は運動が苦手なタイプだ」という自己イメージがすでに固まっている子も少なくありません。高学年の子にとって必要なのは、いきなり上手になることではなく、一度できてしまった苦手意識を少しずつほどいていくことだと考えています。
できなかった理由を整理し、動きを分解し、順番を変えて試してみる。「前より少しマシかもしれない」と感じられる小さな変化を重ねることで、「自分はダメなんじゃなくて、やり方が合っていなかっただけかもしれない」と思えるようになる。その感覚を取り戻すことが、高学年の子どもたちにとっては何より大切です。
運動との関係を整え直す場所として
ガクモンフィットは、スポーツ教室ではありませんし、勝ち負けを競う場所でもありません。運動が苦手になる前にも、苦手になってしまった後にも、運動との距離を整え直す場所でありたいと考えています。運動が原因で学校生活がつらくならないように、自分に自信がなくならないように。そのための時間と環境を用意することが、私たちの役割です。
「つまずかない人生」のために
運動が得意になることは、もちろん素敵なことです。でも、それ以上に大切なのは、運動でつまずかない人生を送れることだと私たちは考えています。できなくてもやっていい、遅くても続けていい、比べられても自分を嫌いにならなくていい。そんな感覚を、運動を通して少しずつ育てていく。それが、ガクモンフィットの目指している姿です。